UBクリームの誕生と、その後。 04│クリームが勝手に歩き始めた
UBクリームがThreadsで知られるようになる少し前から、不思議なことが起き始めていました。
私が売っていないところで、UBクリームが売れるのです。
あるお客様は、ご自身のアクセサリーブランドを立ち上げ、Instagramライブで商品を紹介していました。
指輪を紹介するので、当然、手が画面に大きく映ります。
すると、見ていた方から、
「手が綺麗ですね。どんなケアをしているんですか?」
と聞かれたそうです。
そこでお客様が、
「UBクリームを塗っています」
と答えてくださいました。
すると、それを聞いた方がMains d’amourのオンラインショップを探して、UBクリームを購入してくださるようになりました。
別のお客様も同じでした。
美容師さんなどから、「顔、艶々ですね。何してるんですか?」と聞かれる。
聞かれれば、「UBクリームだよ」と答えてくださる。
そのうち、「私の分も買ってきて」と頼まれることまであったそうです。
面白いのは、誰もUBクリームを売ろうとしていなかったことです。
先に、「何をしているの?」と、見た人の方が気づくのです。
昔からのお客様たちは、
「こんな良いクリーム、女優さんとかが一言紹介したら、瞬く間に火がつくのにね」
と言っていました。
でも、最初にUBクリームを人から人へ運んでくれたのは、女優さんではありませんでした。
実際に使っている、ごく普通のお客様たちでした。
家の中でも、勝手に使われ始めた
UBクリームは、お客様の家の中でも少しずつ私の知らないところへ行っていました。
「母や叔母に使わせたら、肌艶がすごく良くなった」
という話を聞いたり、
遊びに来たお母様が気に入って、そのまま持って帰ってしまったり。
「なくなったから、また買ってきてって言われました」
という方もいました。
海外出張から帰ってきたら、ご主人がUBクリームを使っていて、
「なんか顔の形が変わっていた」という話もありました。
スタッフの家では、高校生の息子さんが使っていたそうです。
今の男の子は美容にも気を使います。
そういえば私は、UBクリームのパッケージを作るとき、
「いつか一人暮らしの男性が使うようになって、洗面台に置いてあっても気恥ずかしくないものにしたい」
と思っていました。
いつかどころか、もう使われていました(笑)。
ただ、こんな話を聞いても、当時の私は、「へえ、本当。よかったね」くらいでした。
疑っていたわけではありません。
分からなかったのです。
私には「クリームだけ」が見えなかった
UBクリームを作ったときから、サロンに来られない方も、これを使って変われたらいいなとは思っていました。
誰しもが東京のサロンまで来られるわけではありません。
ただ、施術をまったく受けず、UBクリームだけを使った人が、実際にどのように変わっていくのか。
それは私にも分かりませんでした。
なぜなら、私の周りにいる人は、ほとんどが私の施術も受けていたからです。
私が一度身体に触れば、その場だけではなく、その後も身体は変化していきます。
数か月後に変わっていたとしても、
それがクリームによるものなのか。
以前の施術から続いている変化なのか。
簡単には切り分けられません。
本当にUBクリームだけを見たいなら、
私が一度も触っていない人が、UBクリームだけを使い、その経過を時間を追って見る必要がありました。
でも、そんな人は私の施術室にはほとんどいません。
お客様から、
「母が変わった」
「夫が変わった」
と言われても、私はその人の「以前」を見ていません。
写真もない。
だから判断のしようがなかったのです。
最初に教えてくれたのは、遠く離れた人たちだった
そんな中、ThreadsでUBクリームを使い始めた方の一人が、まるで日報のようにご自身の変化を書き始めました。
私が頼んだ訳ではありません。
「経過を投稿してください」とお願いしたわけでもありません。
その方自身が、
毎日、自分の身体が変わっていくのが面白かった
のだそうです。
「遺跡発掘みたい」とも表現されていました。
そして、その方が住んでいたのは沖縄でした。
東京から遥か遠く。
もちろん、私の施術を受けたことはありません。
UBクリームを作ったときにぼんやりと思っていた、
「サロンに来られない人も、これで変われたらいいな」
その答えの一つを最初に見せてくれたのは、私が一度も触ったことのない、沖縄の方でした。
そして、その投稿を読んだ別のセラピストさんが、
「そんなに?」とUBクリームを買いました。
自分で塗ってみる。
そして、驚く。
運動を教えているトレーナーさんも使い始めました。
この方たちは、普段から身体を見ることを仕事にしています。
人の身体を触ったり、自分の身体を動かしたりしているので、身体感覚がとても鋭い。
小さな違いにもすぐ気づきます。
だから何かが変わると、
「え、何これ?」となる。
そして、またそれをThreadsに書く。
気がつくと、私が東京の施術室で一人でしていたような観察を、会ったこともない人たちが、それぞれの場所で始めていました。
だったら、写真で見てみよう
ただ私は、少し心配でもありました。
皆さんが「すごい」「びっくりした」と書いてくださる。
それを読んで興味を持った人が、マン・ダムールのInstagramを見に来る。
そこで投稿を探しても、UBクリームによる変化が全く載ってなかったら、単なる誇大広告だとも思われてしまう。
それは嫌だな、と。
だったら、ちゃんと比較してみよう。
ちょうどその頃、いくつかの偶然が重なりました。
大学の後輩がUBクリームを使うことになり、顔写真の公開も快諾してくれました。
新しく入ったスタッフも、研修のために定期的にサロンへ来ます。
それなら、身体にUBクリームを塗ってもらって、時間を追って撮ってみよう。
10分後。
2日後。
10日後。
2週間後。
4週間後。
サロン施術は、なし。
そうしてInstagramには、それまでほとんどなかった「UBクリームだけを使った人」の比較写真が少しずつ並び始めました。
今振り返ると、これも大きかったのだと思います。
Threadsで誰かの驚きを読む。
「そんなことある?」
と思ってInstagramへ来る。
すると、そこには別の人の比較写真がある。
一人が「すごい」と言っているだけではありません。
別々の場所で、別々の人に、何かが起きている。
それが少しずつ、見えるようになっていきました。
驚きが、文章として残り始めた
もう一つ、それまでのサロンにはなかったことが起きました。
遠方の方は、私に直接会えません。
サロンのお客様なら、
「先生、見て!」
「すごく変わった!」
と、その場で話して終わります。
私も一緒に見て、
「ほんとですね」
と言う。
それでおしまいです。
会話なので、残りません。
ところが遠方の方は、何かに驚いたら、LINEやメール、感想フォームなどで伝えるしかありません。
その結果、思いがけず、
UBクリームを使った人が、何を見つけ、何に驚いたのか、が文章として残るようになりました。
しかも、私が質問したわけではありません。
「ここを見てください」と観察場所を指定したわけでもありません。
皆さんがそれぞれ自分の身体を見て、
「あれ?」
と思ったことを教えてくれる。
それまで身体を観察するのは、私の仕事でした。
それがいつの間にか、使用者自身が自分の身体を観察して、私に教えてくれるようになっていました。
靴屋の妖精
こうした報告を読んでいるうちに、私はUBクリームを、
「妖精みたい」
と表現するようになりました。
童話の『小人の靴屋』では、靴屋が眠っている間に、妖精たちがせっせと仕事をしてくれます。
UBクリームも、なんだかそれに似ていました。
普通なら、私がサロンで身体に触れて起こしていたようなことが、クリームを塗って普通に生活している間にも起きているように見えたのです。
本人が一日中、何かを頑張っているわけではありません。
クリームを塗って、仕事をして、食事をして、眠る。
その間に、
せっせ、せっせ。
知らないところで小人たちが働いている。
そして、ある日鏡を見たり、服を着たり、写真を比べたりして、
「あれ?」
と気づく。
だから私は、
「UBクリームは、靴屋の小人の妖精みたいなものですよ」
と説明するようになりました。
そもそもこのクリームを作ったのは、
運動も続かない。
自炊も続かない。
シートマスクも続かない。
そんなお客様に、
「クリームを塗るくらいならできますか?」
と聞いたら、
「はい! クリームなら塗れます!」
と言われたことからでした。
頑張れる人だけが変わるのではなく、日常の中で無理なく続けられるものを作りたかった。
そう考えると、「靴屋の小人」は、ずいぶんUBクリームらしい表現だったと思います。
そもそも、クリームを売るつもりではなかった
ただ、この頃の私は、UBクリームを売ることだけをしていたわけではありません。
というより、最初にThreadsで注目されたのは、UBクリームではありませんでした。
私の施術です。
施術について書いたところ、予約枠が数日で埋まりました。
さらにキャンセル待ちまで、どんどん増えていきました。
でも、私の身体は一つしかありません。
紹介できる施術枠が、もうない。
そこで、
「紹介するものもないし、仕方ないからクリームでも売るか」
くらいの気持ちで、UBクリームについて書き始めました。
今から考えると、ずいぶんな扱いです。
当時のInstagramを見返しても、UBクリームについては、お客様からいただいた口コミや使い方を紹介する程度。
北海道のエステサロンで取り扱っていただけるようになったときには、それ自体をニュースとして投稿していました。
今のように、UBクリームを一つのブランドとして大きく発信しよう、などとは考えていませんでした。
ところが、Threadsでは使用者が自分の体験を書き、
Instagramには比較写真が並び始め、
遠方からは感想が届く。
そして、その感想を読んだ別の人が使い始める。
いつの間にか、私が売ろうとしなくても、UBクリームの話が人から人へ渡るようになっていました。
「先生の身体を空ける」はずだったのに
その頃、私は施術の方でも大変なことになっていました。
キャンセル待ちは、とうとう100人を超えました。
通常の施術をしながら、全国から届くUBクリームの報告を読む。
ご使用者から送られてきた顔写真を見て、比較する。
発信する。
そのうえ、注文されたクリームを発送する。
さすがに、サロン部門だけで全部を続けるのは無理でした。
そこで社長が、発送業務は会社側で引き受けると決めました。
あれほど売れなかったUBクリームが、次々と全国へ送られていく。
社員たちも喜んでいました。
ただ、あるとき、
「売れたのは嬉しいけれど、先生に施術してもらったり、ゆっくり話したりする時間がなくなっちゃいましたね」
と言われました。
そういえば、そもそもの始まりは、
「先生の身体を空けるものを作りましょう」
でした。
確かに、身体は空いたはずなのです。
UBクリームを使ってもらうことで、月に一度だったリピーター様の来店間隔を2か月にできました。
そして空いた枠に、新しいお客様が入りました。
その施術がThreadsで知られました。
キャンセル待ちが100人を超えました。
紹介する施術枠がなくなったので、仕方なくUBクリームについて書き始めました。
すると、今度はUBクリームまで売れ始めました。
結果、私は前より忙しくなりました(笑)
3000本、どうする?から、3000本じゃ足りないへ
そして、もう一つ大きな問題が起きました。
在庫です。
少し前まで、私たちは、「3000本もあって、どうする?」と言われていました。
母には、「売れ残ったら私が買うよ」とまで言われていました。
ところが今度は、一日に100件近い注文が入ることもある。
一時は7分に1本売れてた計算の時もありました(これ、一度は言ってみたかったフレーズです)。
発送しても、また注文が入る。
また発送する。
また売れる。
あれほど減らなかった3000本が、目に見えて減っていきました。
そして、ふと在庫を確認して、「待って。このままだと、なくなる(汗)」となりました。
日付を見ると、11月7日。
Threadsで大きく流れが変わった10月の三連休から、まだ1か月も経っていませんでした。
少し前まで、「3000本、どうしよう」と言っていたクリームが、
今度は3000本では足りない、になっていました。
UBクリームを作ったとき、私は、このクリームがどこまで何をするのか知りませんでした。
売り方も知りませんでした。
お客様たちも、私が想像していなかったところへ勝手に持っていってくださいました。
そして、会ったこともない人たちが、自分の身体でUBクリームを観察し、私に教えてくれるようになりました。
私一人で作ったわけでもありません。
私一人で売ったわけでもありません。
気がついたら、いろいろな人がそれぞれの場所で、このクリームを少しずつ先へ運んでいました。
そして私はようやく、
自分が作ったクリームが、私の知らないところで何をしているのかを知り始めたところでした。
このあと、UBクリームについて、さらにいろいろなことが分かっていきます。
良いことばかりではありません。
変化するからこそ、初めて見えてきたこともありました。
でも、それはもう少し先のお話です。

