OUR PHILOSOPHY
私たちが考える「土台」とは

美しさを足すのではなく、本来の力が動き出せる状態へ。

年齢を重ねると、顔は変わっていきます

以前よりハリがなくなった。

顔がしぼんで見える。

疲れた印象が抜けない。

フェイスラインがぼんやりしてきた。

こうした変化を感じると、
「もう年齢だから仕方がないのかな」
と思うことがあるかもしれません。

もちろん、年齢による変化は誰にでもあります。

けれど、私たちは長年、多くの方の肌や身体を見続ける中で、
年齢だけでは説明できない変化もあるのではないかと考えるようになりました。

3年半、顔の変化を見続けて分かったこと

私たちが見てきたのは、一度きりのビフォーアフターではありません。

UBクリームの開発から約3年半。

160名以上のお客様の顔を、約500回にわたり定点比較してきました。

同じ方の顔を、数ヶ月、時には数年にわたり繰り返し見続ける。

その中で見えてきたのは、
単に肌が綺麗になる、フェイスラインがすっきりするといった変化だけではありませんでした。

年齢を重ねながら、以前より瑞々しくなる。

疲れて見えていた表情が、少しずつ柔らかくなる。

顔立ちが生き生きとし、溌剌としてくる。

そして、不思議なことに、どこか可愛らしくなっていく。

若い頃の顔に戻ったわけではありません。

年齢を感じさせるものを、すべてなくしたわけでもありません。

それなのに、

「何をしているの?」

「前より若々しくなったね」

「なんだか、ますます可愛くなっていない?」

そんな印象へと変わっていく方を、私たちは何度も見てきました。

美肌と、私たちが考える「土台」は少し違います

肌が潤っていること。

艶があること。

きめが整っていること。

もちろん、それらも大切です。

けれど、私たちが考える「土台」は、
一般的に言われる美肌とは少し異なります。

丁寧なスキンケアを長く続けてきた方。

肌そのものは十分に綺麗な方。

そうした方でも、肌や身体の状態が変わっていく中で、
これまでとは違うハリや瑞々しさが現れることがあります。

私たちが見ているのは、肌表面の美しさだけではありません。

肌や肉質に、どれだけ瑞々しさやハリがあるか。

そして、顔や身体が変化していく時に、
その変化に応じて自ら変わっていける状態にあるか。

それが、私たちの考える「土台」です。

失われたように見えるものは、本当になくなったのでしょうか

年齢とともに、こめかみや頬、額などのボリュームが減ったように感じることがあります。

以前よりしぼんだ。

平らになった。

立体感がなくなった。

そう感じた時、
私たちは「何かが足りなくなった」と考えがちです。

足りないのなら、外から補えば良い。

失われたのなら、何かを加えれば良い。

それも、美容のひとつの考え方です。

けれど、長年人の顔や身体を見続ける中で、私たちは別の可能性も見てきました。

失われたように見えていた場所が、
肌や肉質の状態が変わることで、
再び瑞々しさや立体感を感じさせることがあります。

本当になくなってしまったのではなく、
本来変化できる場所が、その力を発揮しにくくなっていたのではないか。

私たちは、そう考えるようになりました。

「何が足りないか」より、「何が邪魔をしているのか」

美容の悩みがあると、
「何を足せばいいのだろう」
と考えることがあります。

乾燥しているから、潤いを与える。

ハリがないから、必要な成分を補う。

変化を感じにくくなったから、新しい刺激を加える。

もちろん、外から与えることや、
変化のきっかけをつくることを否定しているわけではありません。

けれど、私たちがその前に考えるのは、


なぜ、その人が本来持っているものが、十分に現れにくくなっているのだろう。

ということです。

疲れ。

むくみ。

余分な厚み。

そして、長い時間をかけて重なってきたもの。

そうしたものによって、
その人自身が持っているハリや瑞々しさ、柔らかさが、
見えにくくなっていることがあります。

ならば、外から何かを足す前に。

さらに強い変化を求める前に。

まず、本来持っているものが動き出せる状態へ整えていく。

それが、私たちの美容の出発点です。

余分なものが変わると、本来の姿が見えてくる

顔をすっきりさせる。

むくみを減らす。

余分な厚みを変えていく。

それだけを考えると、
年齢を重ねた方ほど
「顔がしぼんでしまうのでは」
と心配になるかもしれません。

実際に、身体の変化に肌の引き締まりが追いつかず、
一時的な肌余りが現れることもあります。

けれど、私たちが長期的な変化の中で見てきたのは、
単に「減っていく」姿ではありませんでした。

余分なものが変わっていく一方で、
肌や肉質に瑞々しさやハリが現れてくる。

ぼんやりしていた輪郭が見えてくる。

疲れて見えた目元が、生き生きとしてくる。

硬かった表情が、柔らかくなっていく。

その結果として現れるのは、
若い頃の自分とまったく同じ姿ではありません。


今の年齢だからこそ持つ、その人本来の魅力です。

「若返る」だけでは説明できない変化

私たちが見てきた変化を、
「若返り」という言葉だけで説明することには、少し違和感があります。

もちろん、若々しく見えるようになる方はたくさんいます。

けれど、それだけではありません。

年齢が分からない。

瑞々しい。

溌剌としている。

表情が柔らかい。

以前より、その人らしく見える。

そして、なぜか可愛らしい。

そうした変化が、少しずつ現れてきます。

私たちは、その理由を、
疲れやむくみなど、その人本来の姿が現れるのを邪魔していたものが
少しずつ変わってきた結果ではないかと考えています。

何か別のものになるのではなく。

若い頃へ戻るのでもなく。


その人自身が、以前より生き生きと現れてくる。

それが、私たちが目指している変化です。

「老化だから」と諦めるのでも、若さを追い続けるのでもなく

年齢を重ねると、顔や身体は変わっていきます。

以前より疲れて見える。

顔がしぼんだように感じる。

フェイスラインがぼんやりする。

ハリや瑞々しさが失われたように見える。

こうした変化を、私たちは「老化だから仕方がない」と受け止めることがあります。

もちろん、年齢による変化は誰にでもあります。

けれど、私たちが多くの方を長期にわたり見続ける中で分かってきたのは、
年齢とともに現れた変化のすべてが、老化だけで説明できるわけではないということでした。

もう変わらないと思っていた場所が変わる。

失われたと思っていた瑞々しさやハリが、再び感じられるようになる。

疲れて見えていた表情が、少しずつ柔らかく、溌剌としてくる。

私たちは、そうした変化を何度も見てきました。

だから私たちは、年齢とともに現れた変化を、最初からすべて「老化」として諦めることはしません。

かといって、失われていく若さを保つために、何かを足し続けることだけが美容だとも考えていません。


今の自分の中に、まだどれだけ変化できる余地があるのかを見る。

本来持っているものが現れるのを邪魔しているものを、少しずつ整えていく。

そして、年齢を重ねながら、以前より瑞々しく、柔和に、溌剌としていく。

私たちは、その間にもうひとつの美容のあり方があるのではないかと考えています。

だから、変化の前に「土台」を大切にします

私たちが、ホームケアで土台を大切にしている理由はここにあります。

変化だけを急ぐことが目的ではありません。

余分なものが変わること。

巡りが整っていくこと。

肌や肉質が瑞々しさやハリを育てていくこと。

そして、変化した後も、
その変化に自ら追いついていけること。

それらは、別々のものではありません。

だから、私たちは「早く変わること」だけを追いかけません。

まず、日々のケアを続ける。

自分の肌や身体を見る。

変化を感じる。

時には待つ。

そして、また少しずつ整えていく。

その繰り返しの中で、
その人自身が持っているものが、少しずつ現れてくる。

それが、私たちの考える「土台を育てる」ということです。

美容を、自分の手に取り戻す

私たちが目指しているのは、
何かをし続けなければ美しさを保てない状態ではありません。

自分の肌や身体を見ることができる。

変化に気づくことができる。

今の自分に、何が必要なのかを考えられる。

そして、まだ自分自身に変化できる余地があることを知る。

年齢を重ねることは、
ただ何かを失い続けることではないと、私たちは考えています。

外から別の何かをつくるのではなく、
本来そこにあるものが、もう一度自ら動き出せる状態へ。


老いを諦めるのでも、若さを追い続けるのでもない。


年齢を重ねながら、
ますます瑞々しく、柔和に、溌剌と、可愛らしくなっていく。

それが、3年半にわたり多くの方の変化を見続けてきた私たちが辿り着いた、
美容のあり方です。